子どもの頃におはじきで遊んだ思い出やエピソードを集めました。
日本文化との出会い アメリカでのおはじき遊びの思い出
じょうさん アメリカNJ州 1986年生まれ 女性 父の仕事の関係で小さい頃アメリカに住んでいました。日本から親戚が遊びに来た時に、おはじき、お手玉、折り紙等の、日本の昔ながらのおもちゃをいくつかお土産に持ってきてくれました。 私を含め、兄弟は皆アメリカ文化にすっかり馴染んでいたので、初めて見た日本のおもちゃに大はしゃぎ。 特にカラフルな、透き通った飴のようなおはじきに夢中になり、最初は色ごとに兄弟で分け、次第に他の色も欲しくなって交換をはじめ、いつしかおはじきの奪い合いにまで発展しました。 それ以降、日本の親戚が遊びに来る時には、新しいおはじきを買ってきてくれるようになりました。 日本ではどのように遊ばれているのか知りませんでしたが、私たち兄弟は、最初は眺めたり集めたり並べたりして遊んでおり、しばらくしてからはお店屋さんごっこをする時のお金として使うことが定番となりました。 緑色は1ドル、黄色は5ドル、赤色は10ドルという具合です。 アメリカ人の友達が家に遊びに来る時も、同じようにして遊んでいたので、もしかしたら友人は日本のお金は綺麗だなと勘違いしていたかもしれません。今では良い思い...つづき
必死のおはじき遊び
きな粉さん 広島県 1983年生まれ 女性 小学校時代におはじきで遊んだ思い出と言えば友達のおばあちゃんを思い出します。昔の遊びを教えてくれた優しいおばあちゃんでした。 今はあまり見かけなくなったコタツにみかんスタイルの和室で、友達3人と一緒におばあちゃんにおはじきを教えてもらったのです。 最初におはじきを見た時は遊ぶものと言うよりかは「綺麗だなー」とか「メダカや金魚の水槽に入っている石だなー」という事。 おばあちゃんは菓子箱の蓋を使って、「相手のおはじきをはじいて、ここから出たら負けよ」と言って早速友達のおはじきをはじいて見事に蓋の外へ。相手が小学生でも容赦しません。 そんなおばあちゃんだからこそ、私たちも負けじとおばあちゃんのおはじきめがけて順番にはじいていきます。しかしコントロールが難しく、狙った方向へ跳んで行かないのです。 みんなほっぺが赤くなり、いつの間にかコタツから全員出ていました。おばあちゃんも必死です。あっちへ跳びこっちへ跳び、おはじきも忙しそう。夕方5時の曲が流れ、決着がつかない日もありました。 おばあちゃんのおかげで、私たちはとても楽しい時間を過ごさせてもらいました...つづき
小学校の昔遊びの会で おばあちゃんの活躍
sizukuさん 茨城県 1986年生まれ 女性 ある日わたしの小学校で「おばあちゃん達に昔の遊びを教わろう」というイベントが開かれました。地域のおばあちゃんが招かれたのですが、その中にわたしのおばあちゃんも参加していました。 昔のめんこ遊びやおてだま、おはじきなどの遊び方を教えてくれて、来てくれたおばあちゃん達と一緒に遊んでいました。その時わたしのおばあちゃんが教えてくれたのが、おはじきでした。 おはじきは家にもあったのですが、きれいなビー玉のようなものだったのでわたしは眺めて楽しむものだと思っていたのです。遊び方があるというのをそこで初めて知ってびっくりしました。 おばあちゃんがみんなの前で、遊び方を教えながらやって見せます。みんなも知らなかったようで、興味を持って聞いていました。中にはおはじきを初めて見たという子もいました。 わたしのおばあちゃんはそういった場で話したり教えたりするのが上手な人なので、とても説明が分かりやすく穏やかに話していて、なんだかわたしはどこか誇らしげな気分になったのでした。
母とのおはじき遊びの思い出
ヤクルトさん 自宅 1977年生まれ 女性 小学校低学年のころ、母はよく遊び相手になってくれていました。おはじきのルールのある遊び方は母に教えてもらいました。 おはじきをばらまいて、2つのおはじきの間をぶつからずに通り抜けたらゲットできる。それを交互にやって、手持ちのおはじきが多いほうが勝ち。という単純なルールです。 簡単そうに見えますが、小学生の不器用な私には少し難しく。間を抜けずにぶつかってしまったり、通過せずに手前で止まってしまったりしました。 その点、母は上手で、母の順番が来るたびにどんどん自分のおはじきを増やしていきます。私は負けず嫌いでわがままなので、とにかく負けることが悔しくて面白くない。 すぐにそれが顔に出てしまい、母に怒られてまたふてくされる。それでも何度か相手をしてくれました。結局一度も勝つことが出来なかった気がします。 母の幼少期には、よく遊んだらしく、とても上手で、どこか母も得意げでした。私も母になり、何度か子供たちと同じルールで遊んだことがありますが、大人になってからのほうが力加減をうまくコントロールできるみたいです。 子供たちは負けてふてくされ、結局数えるほ...つづき
綺麗だったもの おはじきの思い出
ぺんぺんさん 青森県 1990年生まれ 女性 おはじきってヒラっぺったい透明なガラスの中かに色のついたガラスが混じり合った形の少し重たいやや楕円形のものじゃないですか。プラスチックだったかもしれません。小学生の時に遊んだのでよく覚えていません。 唯一、覚えているのはそのおはじきをおはじきにぶつけてテーブルの上に残ったおはじきは勝ち、みたいなことをして一人であそんでいました。 おはじき達をテーブルの上に並べて、まずは先に弾くおははじきを決めます。おはじきを決めると近くにあるおはじきをめがけて人差し指でそっと弾きます。間違えてテーブルから落とした場合は別のおはじきからスタートさせます。 弾き終えたらまたテーブル周りのおはじきを拾いまた繰り返します。そうやって時間がくるまで一人で永遠と遊んでいました。 おはじきは透明な部分がキラキラしていて、色がついてる部分は透けて、向こう側の世界が透けて見え、まるで別世界のようで何度眺めても飽きませんでした。 色んな色があり、色んな世界が見えて、私にとって異世界に迷い込んだかのようでした。
おはじきを飲み込んでしまった 苦い思い出
みさん 兵庫県西脇市 1989年生まれ 女性 私が子供の頃、ガラスでできたおはじきのキラキラが好きで集めていたので、祖母がよくおはじきを買ってきてくれました。 祖母がよく遊んでくれていたので、姉と一緒に祖母に戦いを挑んでいたのですが、熟練の技がすごすぎて戦いを挑んでは負け、また挑んでは負けを繰り返していました。何回やっても勝てないくらい祖母は強かったです。 ある日、一人で遊んでいた時に、なぜかおはじきを口に入れていました。しばらく部屋でゴロゴロしていたら、何かの拍子におはじきを飲み込んでしまい、びっくりして母に泣きつきました。 母は心配もしてくれましたが「何してるの!?なんで口に入れたの?」とかなり怒られました。 その時は特に病院にも行かず水をいっぱい飲んでいたら、数日後トイレの時に無事に排出されました。母にかなり怒られたので、それ以来あまりおはじき遊びはしなくなりました。 今でも実家に帰るとたまにその話を掘り返されます。恥ずかしい苦い思い出です。
その美しさに魅了されました おはじきの思い出
AKANEさん 東京都 1957年 男性 姉の影響もあって、男の子でしたが、女の子に混ざって「おはじき」で遊んでいました。 お決まりの指で弾き飛ばして別のおはじきに当てて、動かされたおはじきを取っていくのですが、なぜか、はじいたおはじきとはじかれたおはじきの間に、人差し指を通してその指におはじきが触れないことを確認しながら、つぎにはじくという、謎のルールがそこではいつものことでした。 また、別の遊び方では、歌を歌いながら、お手玉を放り投げてその間に、畳に散らばっているおはじきを一つ一つのお手玉をほおっている手で素早く拾い上げ、つまずくまでに何個おはじきを拾えるかを競うという、アクロバティックな遊び方もありました。 いずれにしても、「おはじき」はそもそも女の子の遊び道具と言う感覚は、当時の自分には全くなく、みんな一緒になって楽しく遊んでいました。 独特のギザギザした表面に中には色とりどりの模様が入っていて、大きさも様々あって、大きなものは本当に子供心に宝石みたいだなと感心したものでした。
「おはじき当て」と「おはじき止め」の遊び方
おかずさん 岡山県 1984男性 私は小学生の時、学童保育に行っていました。そこで友達とおはじきをしてよく遊んでいました。 【おはじき当てのルール】 おはじきを散らばせて、自分と相手のおはじきを一つずつ選びます。そして、散らばっているおはじきのうちの一つを宣言して、これに選んだおはじき(ビリヤードの白い球のように)をぶつけて当てます。 当たったらそのおはじきがもらえ、当てられなかったら1回休みです。これを2人交互に行なって、得られたおはじきが多い方が勝ちです。 綺麗なおはじき、大きいおはじきは人気であり、それを狙う友達も多く、私も狙っていました。 【おはじき止めのルール】 机の一方の端におはじきを置いて、他方の端目掛けて、2人同時に、手で押して飛ばします。端により近くおはじきを止めた方が勝ちですが、机の端から落ちてしまったら負けです。勝てば自分と相手のおはじきがもらえます。 一般的には消しゴムでやるのだと思いますが、その学童保育では、おはじきでやっていました。
小学校の昼休みに遊んだ おはじき遊びの思い出
ナオミさん 青森県 1963年生まれ 女性 おはじきと言えば、小学校の昼休み時間にクラスのみんなで遊んだ思い出があります。その頃は何故かおはじき遊びが大流行していて、みんな一人ひとり自分のおはじき入れを学校に持って来ていました。 遊び方はシンプル。何人かで机の上に自分のおはじきを数枚出し、ジャラジャラとランダムに混ぜたおはじきの中から、ひとつのおはじきをもうひとつのおはじきに人差し指か親指の爪ではじいて移動させます。 その移動させた二つのおはじきの間を、別のおはじきをまた弾き飛ばしてくぐらせたら、そのくぐらせたおはじきは自分のものにできるというものだったと思います。 学校の机の上は思ったよりもすべりが悪く、指先で弾いてもけっこう進んでいかなくて、途中で止まったりすることもありました。そうすると次の順番のひとに取られたりして、なかなかスリリングな遊びだったと記憶しています。 あまりにも流行って学校中で昼休み時間におはじきをする人が多く。おはじきのやり取りでトラブルが起きたりして、おはじき遊びは禁止になってしまいました。