2000年生まれの人が小学生の頃にした遊びの思い出

2000年生まれ

初恋の思い出

タマゴさん 沖縄県 2000年生まれ 男性 私の住んでいた田舎には、小さな公園がありました。その公園には滑り台と雲梯、そしてぐるぐるジャングルジム(グローブジャングル)がありました。 田舎と言うこともあり、同級生の友達はそこまで多くなかったです。毎日遊ぶのは決まって、近所のみわちゃん、もえかちゃんと言う女の子でした。幼稚園生の頃からずっと幼なじみで、小学生に上がっても3人で遊ぶことが多かったです。 毎日、学校が終わっては3人でランドセルを背負いながら、誰が公園へ早く着くかかけっこ勝負をしていました。 私たちは雲梯で遊ぶのが大好きで、着いてからすぐに、両端から雲梯にぶら下がり、「ドンジャンケン」を楽しんでいました。私は、みわちゃんの事が好きでずっとみわちゃんのチームに入っていました。 その後、決まってみわちゃんは雲梯で遊び疲れ、ぐるぐるジャングルジムに入って休んでいました。 僕は外で全速力走り回り、ぐるぐるジャングルジムを回して、みわちゃんにちょっとした意地悪を楽しんでいました。 走り回って心拍数が上がったのか、みわちゃんに対する思いでドキドキしているのかその当時は有耶無耶にしていました...つづき
2000年生まれ

難しかったお手玉の思い出

うっぴさん 保育園 2000年生まれ 無回答 お手玉の思い出は、保育園のときです。若い先生が多い中、おばあちゃん世代の先生が手作りのお手玉を持ってきてくれて、遊んでくれた思い出があります。 保育園児の自分には、とても難しかった記憶があります。おばあちゃん先生は、難しそうに楽しんでいる園児たちをみて、ニコニコ笑って見守ってくれていたのを思い出します。 おばあちゃん先生のお手本は、上手にお手玉をポンポンとしていて、すごいな〜とキラキラ目を輝かせて、お友達と話していたように思います。 そして、その日にお手玉が上手に出来なかったのが悔しくて、自分のおばあちゃんに保育園での話をして一緒にお手玉をして遊んだのを思い出します。 自分のおばあちゃんは、すぐ身近にある靴下をくるっとまるめて、お手玉がわりにして遊んでくれました。 それも、簡単には上手に出来なかったけど、靴下を投げて遊んでいるのがおかしくてゲラゲラ笑いながら楽しんだ思い出があります。 それ以来、お手玉をする機会はありませんが、楽しかった記憶が残っています。
2000年生まれ

嫌いな縄跳びが少しだけ好きになった思い出

hyontyeさん 東京都 2000年生まれ 女性 私は心底縄跳びが嫌いでした。なぜなら、縄跳びの技ができるようになったり、一定数飛べたら、ハンコが押されるノルマカードに、ハンコを押されることが一向に出来なかったからです。以来、小学生時代からずっと嫌いで飛びませんでした。 女子校に進学し縄跳びがありました。しかも、ノルマが加速し、1ハンコにつき技と回数両方ともに設けられてしまいました。加えて、縄跳びクリアのボーダー基準をこなせなければ補習時に呼び出されるとの事でした。 補習は夏休みにあり、貴重な夏休みを縄跳びに侵食されたくない一心で早朝と帰宅時に練習しました。高校生が縄跳びをすると目立ちます。気恥しさで、いっそう嫌いになりました。 好きで練習している訳でなく、本当は練習したくない気持ちと葛藤しながら日々練習しました。授業時にテストをされますが、時間内にクリア出来ず補習になりました。 で、渋々夏休みにやりましたが、私以外にも補習の人がいました。その補習の人の中では、1番最初にどうにか半日でクリアしました。ゆっくり飛んだり反則スレスレの行為をしましたが、練習の成果は出ていたと思います。少し...つづき