1951年に生まれた人が子どもの頃にした遊びの思い出

1951年生まれ

「学校の下校時」飴細工のおじさんの思い出

katsuさん 兵庫県 1951年生まれ 男性 学校の下校時に校門を出て塀ぞいに少し歩いて行くと、飴細工のおじさんがいました。 自転車の荷台には飴で作った金魚、うさぎ、カメ、等が棒に刺して並べて有る箱を乗せていました。 箱の引き出しには色々な品物が入ってました。リクエストによっては何でも作るよとおじさんが子供達に講釈して売ってました。 生意気な子が多分おじさんには出来ないだろうと思い「龍」を注文しました。 おじさんもちょと難しいそうな顔してましたが、早速一塊の飴を出しバーナーで炙りながら火鉢みたいので引っ張ったり曲げたりして形にして行きました。 龍の顔は難しいそうで細かい作業をしていましたが最後に髭を作って完成しました。注文した子に棒を刺して渡しました。 僕は小遣いを余り持って無かったので、薄い板状を舐めて動物の形を抜き出させる飴と水飴を買いました。 水飴は硬い透明な飴状な物が二本の箸に巻いてあるだけの飴です。 それを何回も何回も捏ね回していくと、少しずつ柔らかくて美味しい飴に生まれ代わります。それを舐めながら家に帰りました。
1951年生まれ

カバン持ちと小石投げ

katsuさん 兵庫県 1951年生まれ 男性 カバン持ちは、学校帰りに皆んなでジヤイケンをして、負けた人が全員のランドセルを持ち、歩いている途中で犬か猫が来たら交代という遊びです。 犬も猫もなかなか来ないので、ランドセルを持ってる友達は肩からずり落ちそうになって歩いてましたが、やっと犬が来て交代です。 今度は電柱で交代に変えました。電柱はすぐ有るので何回も交代でした。だけどジヤイケンの弱い子は何回も持って歩いてました。 家に近づいた子が一人抜け二人抜けして居なくなりましたが、僕は家の近くまでランドセルを持たずに帰る事が出来ました。 その足でカバンを持ったまま友達と川まで行き、河原で平べったい小石を探し、川に向かって水平に投げるのです。 すると小石は水面の上を一回、2回、3回と連続で跳ねて行きます。 面白くて次は何回連続が出来るか友達と競うのですが、友達は上手く5回連続が出来たと歓声を挙げてました。 こちらも負けじとやるのですが、焦れば焦るほどボチャンといって一回で水に落ちます。 それではと深呼吸して、ゆっくりと力強く水面に投げると今度こそ5回連続が出来ました。
1951年生まれ

「校庭の犬」ワイワイ ガヤガヤと ざわつく児童たち

kastuさん 兵庫県 1951年生まれ 男性 授業中に窓際の子らが、ヒソヒソと喋り出す。何かなと僕も背伸びして校庭をみましたら、何処から来たのか分からない犬が走り回ってるのです。 そのうち皆んなもワイワイ、ガヤガヤと騒ぎ出しました。先生もそれに気が付き「こら、何を騒いでる!」と怒りました。 ハキハキした子が「先生!犬」と校庭を指さしました。先生も窓際に来て確認しました。二匹の大きな犬が戯れ合って走り回っていました。 まず窓際に集まってる生徒を席に戻るように諭し、「今からしばらく自習して下さい」と言って職員室に戻って行きました。 誰も大人しく自習などしません。皆が窓際に集まって「あの犬は何処から入ったのかな?」とか「あれは何という犬?」、「オス、メスどっちかな?」「噛むかな?」と訳の分からない事をワイワイ、ガヤガヤと言ってます。 そしたら、何人かの男の先生が校庭に出て来て、犬を捕まえようとしましたが、犬も捕まったら大変と、すばしこっく逃げ回ってなかなか捕まりません。 一人の先生が職員室から大きな網を持ってきて犬の頭に被せ捕まえました。首に縄を掛け校庭の隅に括り付けました。しばらくすると...つづき
1951年生まれ

陣とり合戦

katsuさん 兵庫県 1951年生まれ 男性 広場で遊び仲間が揃うと、よく陣取り合戦をしました。 お互いに陣地を作り、体格の良い人が大将になり陣地を守ります。 何人かの兵隊がケンケンをしながら相手陣地に攻めて行きます。相手も何人かがケンケンをしながらこちら側に攻めて来ます。 途中で出くわすとケンケンしながら取っ組み合いをして相手を負かします。 そしてどんどん相手の陣地に攻めて行きますが、途中で疲れたら休憩する島があります。そこではケンケンしなくても休めます。 疲れが回復したら又ケンケンして相手を倒しながら攻めて行きます。そして倒された人は自分の陣地まで引き返さなければなりません。 そうこうしていると相手の兵隊が少なくなり、ついに相手陣地の近くまで来たら、今度は相手陣地も強そうな大将が現れ、こっちに迫って来ます。 やはり大将クラスになる人は強いです。負かされ、自分陣地に急いで戻ります。 その時、仲間が大将の間をくぐり抜け陣地を占領しました。 めでたし めでたし こっちの勝利です!
1951年生まれ

ベーゴマとガキ大将の思い出

katsuさん 兵庫県1951年生まれ 男性 僕はベーゴマよりベッタン(僕らの地域ではメンコの事をそう呼んでました)が得意でした。 それでも近所の子供が「ベーゴマやろよ」と誘いに来ました。 石油の空き缶の上に布地を張り、詰め引き、垂れた部分を紐で縛って敷物をピーンと張ります。 その中にベーゴマを凧糸で巻き、勢いよく水平に敷台に一勢に投げ入れます。 すると勢いよく回ったベーゴマは中心に向かって段々寄って行き、ぶつかり合います。 独楽は真ん中てぶつかり合い、よく回ってる独楽がカチンと相手の独楽を外に弾き出します。回転を止めた方が勝ちです。 勝った方が相手の独楽を貰えるのです。 僕は回すのが下手で負けてばかりでした。するとガキ大将が僕の代わりに勝負し、勝った分を僕にくれました。 独楽は重くてバランスの良い物がいいので、角を研磨して強い独楽に仕上げていました。 ガキ大将がそのうち何個か持っている独楽の中から一個くれました。 「よし!明日勝つぞ!」と言う思いで、家に帰りました。 僕はベーゴマよりベッタン(僕らの地域ではメンコの事をそう呼んでました)が得意でした。 それでも近所の子供が「ベーゴマや...つづき
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ガキ大将と箱ブランコの思い出

katsuさん 兵庫県 1951年生まれ 男性 僕が小学生の低学年だったころに箱ブランコで遊んでいた時です。高学年の子が来て強く押して高くまで上げました。怖くなって降りたいと言ってもなかなか止めてくれませんでした。 僕らが降りて他へ行くと今度は彼らが遊び始めました。きっと親切に押してくれたのは僕らをブランコからおろすための嫌がらせだったと思います。だから彼らが帰るまでしばらく普通のブランコで遊んでいました。 僕らが高学年になった時は、箱ブランコの中で立って足を右左にバッタンバッタンと漕いで遊んでいました。 仲間が集まると皆(3人位)が片方に全員座り、右から左に移動してブランコを徐々に動かして行く方法で出来るだけ速く動かす遊びもしてました。 するとまた高学年の子がやってきて、ブランコを揺する嫌がらせをするのです。「降りろ」「嫌や」と言った口喧嘩が始まりました。 そうこうしているとガキ大将がやって来て「お前ら使わへんやったら」俺が乗ると言ってブランコを一人占めしてしまいました。 擦った揉んだしたあげく、最後は仲直りをして皆んなで一緒に遊ぶ事になりました。
1951年生まれ

雪合戦

katsuさん 兵庫県 1951年生まれ 男性 小学生の頃は雪が降って来ると急いて外に出ました。まず空を見上げ、口を開けて雪の味を確かめる事から始めます。冷たいだけでかき氷みたいに美味しくはありません。 そうこうしていると雪はどんどん降って来ます。体が雪で真っ白になります。寒くなってきたので家に入り、窓を開け見ていました。 翌朝は早く起きて外に出ました。あたり一面雪景色でした。学校に行って皆んなと雪合戦ができると思いました。 朝ご飯を食べ急いで学校に行きます。もう早い子が来てました。雪をかき集めて小山を作っていたので、僕も一緒に集めるのを手伝いました。 少し集まると今度は雪ダルマの作成です。そして雪ダルマの前を雪で囲いました。又違うグループも反対側に同じような雪ダルマの前に囲いが出来ていました。 さあ!これから両方に別れて雪合戦です。雪を丸めて弾を作り相手に投げつけました。 すると授業の始まる鐘の音がキンコンカンコンと鳴り、途中ですが教室に入らなからばなりません。残念! 次は休み時間にと思い教室に戻りました。しかし気になって窓から外ばかり見ていたら、先生に注意されてしたいました。終。