いじめ

遊びのつもりでやってしまったいじめの思い出
遊びのつもりでやってしまったいじめの思い出とエピソードを集めました。

いじめる側は遊びのつもりでやったこと。

いじめられる側は遊びではなくいじめられたと感じたこと。

一方にとっては遊びでも、もう一方にしたら遊びではない状態。

1985年生まれ

「恐怖のサッカーの思い出」ゴール前に並ばされた女子

べあとさん大阪府 1985年 女性小学校5、6年の時の話です。その頃になると男子はサッカーにハマり始めたようで、天気の良い日は2時間目と3時間目の間の少し長めの休み時間に校庭でサッカーをよくするようになっていました。ある日クラスのリーダー格の男子が「クラス全員でやろうぜ!!」と言い出したのです。リーダー格の男子の言うことには逆らえない雰囲気のクラスだったので、女子は嫌々参加させられることになりました。チーム分けは代表男子同士のじゃんけんによる取り合いです。これもなかなか指名されないのは精神的にしんどい。チームが決まったらさっそく試合が始まるのですが、普段女子はサッカーをしていないので、何をどうしたら良いのかさっぱりわかりません。しかも、クラス全員が一つのサッカーコート内にいるわけなので、謎に人がたくさんいる状況に。すると女子の動きにイラついたリーダー格の男子が、「おい!!女子邪魔やわ!!もうお前ら全員ゴール前に横一列に並んどけ!!!」と言い出し、他の男子も「それめっちゃいいやん!!ナイス!!」と賛成したので、女子は全員ゴール前に並ばされました。こんなのボールに慣れていない私たちにしてみ...つづき
1976年生まれ

ガキ大将に巻き込まれた「ケンカごっこ」でやりすぎてしまった話

ゆでたまごさん大阪府 1976年生まれ 男性ガキ大将と言えばケンカのイメージですが、だいたいは弱い人など殴ったりせず、相応の相手を選んでしていました。私はおとなしく目立たない存在でしたが、成長期のタイミングの差からか、体が大きく力だけはありました。そんな体格の良さからか、目をつけられたのか、ケンカごっこに巻き込まれてしまいました。いつもは、ガキ大将の取り巻き同士でケンカごっこをしているのですが、飽きてきたのか私が目をつけられてしまいました。まずは一番弱そうな子が私の相手に選ばれました。ケンカといっても理由もなく殴り合いをする気も起きず、だいたいの人は「相撲もどき」の取っ組み合いでお茶を濁します。そんな事とは知らない私は、ガキ大将と大勢の取り巻きに囲まれ、パニックになり、必至で腕や足を振り回しました。ガキ大将たちは、最初こそ混乱する様子を見てみんなで笑っていました。私のほうが数十センチも身長が高く、必至に暴れるものだから、相手もたまったものではありません。ガキ大将も「殴れ、蹴れ」とはやし立てますが、偶然当たった腕や足のせいでいつの間にか流血沙汰になっていました。それ以後はケンカごっこはご...つづき
1984年生まれ

「友達から映画鑑賞へのお誘い」遊びに誘われたつもりが 遊びではなかった思い出

ポンさん秋田県1984年生まれ 女性元々いじめられていた友人たちに「映画を見に行こう」と誘われました。これでいじめられなくなる?仲良くなれる?そう思った私は一緒に行くことを選びました。当日待ち合わせ場所へ行き、映画館へ行き、座席につこうとしたら「チケット落としたから拾え」と言われて拾いました。言い方から、仲良くしてくれるわけじゃないんだなと、思いながらも映画のチケットを買っていたので仕方なく、その場に残ることにしました。そして映画が始まるまで飲み物を買いに行かされたり、私がさもいないかのように会話に入れようとしてくれず。席もはじっこに座ってました。映画が終わり、やっと帰れると思い。少しほっとしていると「ちょっとお店見て回ろうよ」と友人たちが言い。お店を歩いていました。すると「これ見てよ」と友人たちに言われたので、それを見ていると「ばーか」といって友人たちは走って私たちから離れていきました。やっぱりこの人達とはなかよくなれないんだなと思い。悲しくなり、そのまま帰路につきました。
1996年生まれ

「復讐を誓った日」雪山の上から無理矢理ソリを押された思い出

まりもさん北海道 1996年生まれ 無回答私は小学生の頃、北海道のド田舎で暮らしていました。田舎だけあって人口も少なく、1クラス10人の小規模な学校に通っていました。当時クラスの中で特につるむ二人の友達がいました。二人の性格は、A子が正義感があり優秀な人気者タイプ。B子は、意志が強くわがままなタイプ。私はというと周りがわがままな子、個性強めな子が多かったため、みんなを繋ぐムードメーカー的な立場をしていました。毎日学校から帰ると二人の友達と遊びます。ある日B子の提案で雪山でソリ滑りをしようということになりました。3人でマイソリをもって雪山に集合し、いつものようにソリ滑りを楽しんでいたのですが、、、。B子がいきなり斜面に頭をむけソリで滑ろうよ。といいだしたのです。私は嫌な予感がしました。その予感は的中し、B子は私にやってみろと突然命令してきました。私は危ないので必死に拒否しましたが、二人に無理やりそりにのせられました。⁠A子は普段正義感はあるものの、面白いことには正義感は関係ないタイプです。そこがB子と意見があっていた様子でした。⁠その時雪山の下には大きな一本の木があり、二人は私の乗ってい...つづき
1994年生まれ

「手汗の思い出」バイキン扱いをして 触れられることを避けるいじめ遊び

紗々さん新潟県 1994年生まれ 女性あれは小学校3年生の頃です。私は元々汗かきの方で、特によく手に汗をかいていました。テストの答案用紙が手汗でふやけて書けなくなるほどです。ハンカチで定期的に手汗を拭うのですが、拭いても拭いても、止めどなくかいてしまうのであまり意味がありませんでした。それに気づいた同級生が、私の手汗のことを「〇〇(私の名前)エキス」とし、私や私に触れた物、場所に触れた人は体が腐るというルールを作りました。例えば掃除の時間などで私が使用した雑巾に触れた人は「〇〇エキスに感染して体が腐った」とされてしまうのです。私や私に触れた物、場所が避けられるのはもちろんのこと、誤ってそれらに触れてしまった人は「〇〇エキスに感染したぞ!」「うわ、体が腐ってる!」と1、2週間ほど囃し立てられたり避けられたりしていました。私から見ればいじめですが、他の同級生からすると「新しい遊び」という感覚らしく、喜喜として行っているように見えました。
1978年生まれ

「探偵ごっこの思い出」自分たちはいじめたつもりはないけれど 相手はいじめられた思ったゲーム

ぴかちゅうさん東京都 1978年生まれ 男性小学生時代に流行った遊びの一つに探偵ごっこがありました。遊び友達と考えたオリジナルの遊びです。内容は、じゃんけんで負けた一人が探偵役になり持ち物を学校の色々な場所に隠されます。隠した人達は、隠し場所のヒントを探偵役に示して、その情報をもとに探偵役は推理して隠された持ち物を探し当てるというものでした。ある時、初めて探偵ごっこをするクラスメイトが一人参加。じゃんけんで負けて探偵役になりました。その子の鉛筆や体育着などを、私を含めて6人で隠しました。そして、探偵役に隠し場所のヒントを一人ずつ教えていきます。私は音楽室のロッカーに探偵役の子の靴を隠したので、音楽関係のヒントを伝えました。全員からのヒントを教わった探偵役は探しにいくのですが、全然見つからず、時間だけが経過し夕方になりました。すると、探偵役が号泣し始めました。あまりにも見つからず、このまま家に帰れなくなると不安になったのが号泣理由でした。私達は、いじめという感覚は無かったのですが、後日、探偵役の子の母親からクラス担任に相談があり、本人はいじめられたと認識していたようでした。
1968年生まれ

「ある日突然」みんなで1人を無視をする遊び

ローラさん宮城県 1968年生まれ 女性小学校6年の頃、いつも5人くらいの仲良しグループで遊んでいました。そのグループは、クラス内で優等生で教師からいつも可愛がられている女子を目の敵にしていたグループでした。教師からは嫌われていました。でも、皆そこそこの成績をとっていたので教師もかなり扱いにくかったと思います。そのグループ内で、おそらく私が一番成績が良かったと思いますが、リーダーではなく、参謀的な存在でした。ある日の朝、登校すると教室内の空気がよそよそしくいつもと違う感覚がありました。友達に話しかけても視線を合わせてくれません。いつものグループで私に声をかける人はいませんでした。その日を境に小学校卒業までの私は無視をされつづけることになりました。とりあえず違うグループの人達に仲間にいれてもらったものの、どこか心に壁がありました。修学旅行などはどん底のメンタルだったのでほとんど覚えていません。いじめは無視だけでした。それでも私は毎日学校へ通うのがとても辛かったです。1年ほど耐えて考えて、その無視の理由をどうしても確認したくなりました。陰でこっそり、話しをしてくれそうなグループの一員に聞い...つづき
1993年生まれ

「図書館の本棚から立ち幅跳び」負けたら罰ゲームの思い出

ぽんぽこ7さん三重県 1993年生まれ 男性小学6年生の頃に同級生の男子で流行った遊びで、「図書館の本棚から立ち幅跳び」がありました。本棚といってもそんなに高くはなく2段だけで、安定感のあるしっかりした作りの本棚でした。その上によじ登りそこから立ち幅跳びするのが流行りました。その時の罰ゲームが最高に恥ずかしい内容だったのですが、それが「ズボンとパンツを脱いで図書館一周」だったのです。今の時代であれば、保護者絡みの大問題に発展する事ですが、当時は先生にチクる人もおらず、ただ自分達で楽しんでいました。可哀想なのが、やはり運動神経の優れない子が罰ゲームの対象になりやすくなる事です。私も運動神経は優れた方では無かったですが、私よりも絶望的に運動ができない子が1人いて、その子がいつも罰ゲームの対象になっていました。その子もノリノリでやってはいましたが、今思えばイジメに近い行動だったと思います。その子が無邪気で明るい性格でなければ、いじめ問題に発展していたかもしれません。